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ミンダナオ和平と日本

フィリピンでは、大多数をキリスト教徒が占める中、南部のミンダナオ島ではイスラム教徒が多数を占めており、その為ミンダナオ島では、永きに亘って分離独立を求めての武力衝突が起こって来た。

昨年6月、フィリピン政府と、ミンダナオ島独立派武装組織MILF モロ・イスラム解放戦線との間で、包括的和平合意が成された。
この和平合意には、我が国が深く貢献して居る。


我が国の、ミンダナオ和平支援の中心になって来たのが、JICA名誉顧問の緒方貞子元国連難民高等弁務官だ。

緒方さんが初めてミンダナオ島を訪れたのは、2006年。
MILFの最高指導者ムラド議長と会談し、日本による和平へ向けた開発支援を約束した。

緒方さんは、当時三か国で構成されて居た国際監視団の一員として、ミンダナオに開発支援の専門家を派遣。
それまで、我が国の国際紛争地支援は、和平合意が結ばれた後で行われて居た。
しかし、緒方さんは、合意前に支援を行う事で人々の生活を安定させ、和平の後押しをすると云う異例の判断をしたのである。

しかし、2008年にフィリピン国軍とMILFとの戦闘が激化。大量の避難民が出る事態になる。
各国が要員を引き揚げる中、緒方さんは逆に、ミンダナオへの要員を増やすと云う決断を行った。
各国に対して、和平プロセスに関わり続けなければならないと示したのである。

内戦状態の中でも、学校を建設して子供たちの学習教育の場を作ったり、魚の養殖技術を支援して住民の経済力向上を手助けし、生活水準を向上させたりと、産業の育成等を続けた日本。
その地道な支援は今、地元に根付き始めて居る。
その継続した支援で、信頼を得た我が国は、和平の重要な仲介役に指名された。

2011年、フィリピンのアキノ大統領と、MILFのムラド議長との初めてのトップ会談が、日本で行われたのである。
我が国政府が仲介し、極秘に行われたこの会談が、和平合意への転機となった。
会談を通じて、アキノ大統領とムラド議長との信頼を築く事が出来たのである。

ムラド議長が日本を仲介役に選んだのは、和平プロセスに積極的に関わり続けたからだと云う。
ムラド議長は、
「平和と人道支援を進めてくれた、マダム緒方を大変尊敬して居ます」
と語っている。

地道な支援で、人々に平和の大切さを実感して貰い、和平を実現して行く。困難が続く中でも、我が国の支援が続けられて居る。
現地の住民の代表からニーズを聞き取り、極め細やかな対応をして来た、現地での日本に対する大きな信頼感が育まれて居る。

無論、和平は一朝一夕に出来るものでは無い。
実際に今、このミンダナオ和平は試練に立たされて居る。
和平に反対するミンダナオの他の武装組織と、MILFとの戦闘が散発して居る。
また、偶発した、政府軍とMILFとの衝突が発生した為、和平そのものへの、フィリピン国民の不信感も生まれて居る。

まだまだ決して安心できる状態ではないが、MILFのムラド議長も、フィリピン政府との17年の和平交渉を無にする訳には行かない、との決意を表して居る。

外交下手と言われて久しい我が国であるが、カンボジア和平等、たまには成功例も見られる。
こうした、地道ながらも我が国独自の外交を通して、積極的に国際社会に貢献して、我が国の国際社会での存在感と地位の向上に努め、何処かの覇権主義的な外交を展開する国との違いを見せる事は、我が国にとっても国際社会にとっても有益である。

たとえば今、ビルマは民主化改革を進めて、我々自由主義陣営の仲間入りを果たそうとして居る。
最大都市ヤンゴン(ラングーン)や首都のネピドーを中心に、経済的にも発展を見せている一方で、国内の少数民族との衝突が散発し、その和平に手を焼いて居る。
こう云った問題でも、我が国の出番はあるかも知れない。

政府、外務省等の外交当局者らは、国民の血税に見合った仕事をするべく意識して、事なかれ主義に逃げる事無く、我が国に出来る事は何かを考え、我が国に出来る事を積極的に展開して貰いたい。
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