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戦争と平和

戦争と平和。
小学校か中学校の国語で、反対語(対義語)の代表格として教わる言葉ですよね。
確かに、「状態」としての「戦争」と「平和」は反対の状態なのかも知れません。

しかし、
「戦争」は本来「手段」であって「目的」ではありません。
何かを目的として、その目的を遂行する手段の一つとして、戦争が起こる場合があります。普通、戦争そのものを目的として戦争は起きません。

一方、
「平和」とは「結果」です。
戦争が起こって居ない状態を平和な状態と云います。つまり、「平和」とは「手段」では無いのです。

手段では無い「平和」と、手段でしかない「戦争」。
この二つの単語を、対立する言葉として教える事自体、何か恣意的なモノを感じます。

戦争を回避したからと云って、必ずしも平和が訪れる訳ではありません。
戦争を回避した事で、結果として待って居るのが、隸属だったり弾圧、虐殺だったりする場合も、現実社会には多々あるのです。

「平和な状態」と云う文章と「戦争をしていない状態」と云う文章をイコールと捉え、「戦争をしている状態」を「平和ではない状態」と捉え、
これを、意図的に述語を省いて短縮してごちゃ混ぜにし、あたかも「戦争」と「平和」とが対立する単語であるかの様に捉えるのは、実は単なる強引な三段論法です。

「戦争」と「平和」とは「対義語」ではありません。
「平和」と云う単語と「戦争」と云う単語とが「対義語」であるならば、
「平和」と云う単語と「隸属」と云う単語が「類義語」になってしまうからです。

従って、「戦争」と「平和」とは、実は全く異なる次元の言葉であり、「戦争」と「平和」とを反対語・対義語として教える教育は、明らかに誤りです。

これは、戦争を「目的」とする「軍国主義」と、平和を「目的」とする「平和主義」とを「対立」するイデオロギーとして連想させる、意図的な思想教育でしかありません。
そして、実際には「戦争を目的とする軍国主義」なる思想など存在せず、それは戦前の我が国を否定させる為に戦後に創作された「造語」に過ぎません。

「戦争」と「平和」とを反対語・対義語として教える戦後教育は、明らかに誤りです。
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